街の短歌詠み

日々の生活や気づきを歌に詠んでいきたいです。

パリのアパルトマン

約30年前、パリ7区に学生として一人暮らしをしていた。
隣は星の王子さまで有名なサン デグジュペリ氏が住んでいたことのあるアパルトマン(マンション)だった。

中庭もある石造りの素敵な建物で、前世紀的エレベータはついていた。
でもそれが動いているのは暮らしている間、一回も見たことがなかった。

私の部屋は4階。
しかしヨーロッパでは、日本でいう1階はグランドフロア。2階から階を数え始める。
そのため4階とは日本でいう5階。
それを毎朝毎晩、駆け下り、駆け上る。
場合によっては、一日数回。

巻貝のようなラインを描く螺旋階段。
ところどころに縦長の埃っぽい曇りガラスが嵌っていて、射し込む光はロマンチックこの上ないのだが、疲れる。

ドアも重厚な木製。
これに不思議の国のアリスにでも出てきそうなずっしりした真鍮のカギ。
でもこのドア、開けるのにコツがあり、ある微妙な角度にひねらないと、開かない。初め、なかなか入れなくて泣かされた。

その上、閉まる時は無情なオートロックときている。
締め出されると、極寒の中、パジャマ姿であれ五階を駆け下りる。
そして玄関脇の管理人さん宅のガラス戸を激しく叩かなくてはならない。

さらに極めつけ。
トイレは部屋にない。
各階廊下に一つきりの共同。
知らない外国人(ホントはこっちが外国人)にノックされないか、怯えながら用をたす。

冬の晩トイレに起きたら、どんなに急いでいても、最低コートを着込み、トイレットペーパーとカギだけは持って出ないと、大変なことになる。
(トイレにペーパーを置き忘れたら10分後にはまず回収できる見込みはない。足音のみ、姿なき誰かが持って行く)
閉まるのだけは素早い、自室のオートマティックのドアが無情に締め出すのだ。

20平方メートルくらいのワンルーム。パリのわりと中心部にあるとはいえ、当時でも家賃は日本円で10万円余りかかった。

これが30年前のあるパリのアパルトマンの真実。(今はもう少しマシなんじゃないかと願っている)
この状態に比べたら、現在、東京のワンルームマンションは、いくら狭くても設備的には天国なんじゃないかな、と思う。

もしあなたが一人暮らしを始めて、マンションで何か不自由なことがあったら、
30年前のパリに思いを馳せてほしい。
トイレが部屋の中にある。
この一点だけでもなんて幸せなんだろう。
少なくともトイレットペーパーを盗まれることに、怯えなくてもいいはずだ。